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help リーダーに追加 RSS 立川志らく『双蝶々』

<<   作成日時 : 2007/03/10 00:51   >>

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3月9日 立川志らく独演会(銀座ブロッサム中央会館)

立川志らくによる、年に一度の銀座ブロッサム中央会館での独演会。
今年は「昭和の名人に挑戦」というテーマ。
詳しくは個々の噺にて。

【演者/演目】

1. 立川志ら乃『反対車』

昨年の同会では、真打のゲストが開口一番を努めたが、今年は門下の志ら乃が出た。
まずまず役割を果たす。

2. 立川志らく『心眼』

ここでの名人とは、桂文楽(先代)。
『心眼』は好きな噺ではない。
人間心理のろくでもないところを描いているからである。
志らくの『心眼』は軽い。
すんなり入ってしまう。
この噺に付き物の暗いどろどろしたものがない。
ただし、裏を返すと何も残らない。
ちなみに、志らく版は文楽版と終わり近くが少し違う。
梅喜の眼が開いた代わりに、女房のお竹の眼が見えなくなる。
お竹は梅喜と小春のいる座敷に乗り込み、さんざん恨み言を言った挙句、自殺してしまうというもの。
これは志らくのオリジナルではなく、三遊亭円朝の原作どおりのものである。

3. 立川志らく『お直し』

ここでの名人とは、古今亭志ん生。
志らくの『お直し』は昨年一度聴いている。
その意味で手の内が分かっているので意外性はない。
志ん生が赤塚不二男のギャグマンガとすれば、志らくは同じギャグマンガでももう少しリアルなタッチのもの。
たぶん、今回の演目の中では一番手がけているもので安定していた。

4. 立川志らく『双蝶々』

ここでの名人とは、三遊亭円生。
この噺がなぜ『双蝶々』というのか?
それは最後に。
先日、円生の『双蝶々』を紹介したが、そこでのラストシーンが冒頭にもってこられた。
すなわち長吉が長屋を後にしたところである。
そこから過去をふりかえる形で噺が始まる。
少年時代、奉公時代が同じように進むが、番頭の権九郎とのやりとりで調子が変わる。
権九郎は関西人である。
当然、関西弁を使う。
これがひどい。
かつて、笑福亭松鶴が東京言葉を無理やり使った録音を聴いたことがあるが、それと同じくらいひどい。
関西弁を使うだけで笑いが起きる。
ところが、志らくはこれを逆手にとったギャグをかました。
詳しくは書かないが(ネタバレ云々より書いてもそれほどおもしろくはないから)、大笑いした。
ただし、それによりこのシーンの持つ重要性は薄れてしまった。
親子の再会は、けっこうちゃんとやった。
むしろ懇切丁寧といった感じ。
ただし、そのやりとりは現代劇風。
円生が舞台のやりとりを再現したとすれば、志らくは映像表現を持ち込んだというところか。
志らくは、いわゆる泣かせどころをじっくりとはやらない。
情感が高まる寸前ですぱっとそのシーンを終わりにしてしまう。
やや不満。

志らくの『双蝶々』は最後のエピローグとでもいうところまでやった。
長吉は長屋を出たところで捕まってしまう。
そして、鈴が森で刑死する。
同じころに父親の長兵衛も病死する。
二人の死を迎えても、涙が出ない女房のお光。
ふと外を見ると、二羽の蝶々がつかず離れず飛んでいる。
これを見て、初めて涙が出てきた。

この何でもない最後の描写が結構悲しい。

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らくごのパッチBLOG
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
志らくの「双蝶々」に行き、ほかを知らないため、ググっていたところ、このページに行き着きました。ラストの、蝶々2匹は、オリジナル・志らくの創作付け足し・オリジナルにはあるが滅多にやらない、のどれなのか、と思っていました。
しゃく
2007/03/13 01:01
正直言うと私もよくわかりません。
あるブログには志らくの創作だと書いてありました。
ただ、もともとのタイトルにあるものなので、オリジナルと無縁だとは思えません。
ジャマ>しゃくさん
2007/03/13 08:15

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